BIRTHDAY STORIES

2015.11.20

BIRTHDAY STORIES
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Birthday Stories Vol.08
『天気待ちと、バースデー』

国井美果



「ねえ、ちょっと相談」

目覚めると、母からLINEが届いていた。

母は番組制作会社のディレクターだ。
担当している長寿クイズ番組の企画で、
オーロラの映像を撮りに4日前からフィンランドにいる。

ところがこの時期としてはめずらしく、天候不良がつづいているらしい。
「雨男がいるのよ」
かわいそうなカメラマンが濡れ衣を着せられていた。
何度か「撮れた?」「ううん、まだ」という、肉声のやりとりもした。

そんな状態なものだから、母はロケ先でかなりヒマをもてあましている。
LINEはつづく。
「いや、おじいちゃんに車の運転、そろそろ止めてもらいたいって話。もうすぐ80になるし。本人は元気でまだまだいけるって言っているけど、最近も老人の運転で事故があったし。何かあってからじゃ遅いし。でも水泳教室に行くのも、おばあちゃんを駅まで送り迎えするのも車、とつぜん生き甲斐を奪ってボケたりしたらどうしよう。とは言えおばあちゃんも、もう一緒に乗るの嫌だって言ってるし。この前なんか、危うく信号無視しかけたんだって!怖くないー? うまく説得したい。本人に何て言うかなあ。うまい言い方ないかなあ」

ああ、長いわ!
長文のLINEはめんどくさい。
さらにこの内容。年明けに高校受験を控えて余裕のない娘に相談することかい? ダブルでめんどくさいので、ゆるキャラのスタンプだけ送って放置いたしました。

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母は、私が生まれる前も、生まれてからも、ずっと忙しい。
企画打ち合せに取材、ロケ、編集と年がら年中、あちこち飛び回りながら 私を育ててくれている。父はすでにいない。女手ひとつ、近郊にジジババあり。
学校から帰っても「おかえり」と言ってくれたことはほとんどなく、
「おかえり」は、いつだって私が言う言葉だった。

そんな忙しさだから、小さい頃から、悪気なくたまに約束をすっぽかされてきた。 週末のディズニーの映画、頼んでいたスニーカー、小学6年のときの運動会。 小さく傷つきつつも、だてに0才の時から母親が忙しい子をやっていない私、 仕方ないや、と諦め方も知っていた。

そういえば今回のロケはめずらしく行きたくないと言っていたことを思い出す。
きっと今頃、ふいに手にした「ありあまる時間」を使って、
ふだん考えたくても余裕がなくてペンディングにしてきた大切なことに 思いを馳せているんだろう。それは母がいちばん欲しかったものかもしれない。
まあ、どうぞごゆっくり。と、そっと思った。

その日の深夜、母からメールが届いた。
「今日は何の日でしょう?はーい、正解です。
10分くらい早いけどハッピーバースデー、優。
いつもありがとう。いつもごめん。
大好きなキャラメルスチーマーでも飲んで、ひと息いれてください。母より!」

という、かるーいメッセージと共にスターバックスのeGiftなるものが贈られてきた。
北欧らしく、トナカイの柄のメッセージカードで。

「ありがとう、しかと受け取った」と返信する。
何事もなく帰国すれば私の誕生日にはここにいるはずだった。

翌日、私は午前中の澄んだ空気の中、勉強道具で重いカバンを抱えて
家からちょっと遠いスターバックスをめざした。
松屋銀座の裏にあるスターバックス1号店へ。
母が「父さんと初めて待ち合わせたのが、そのスタバだった」と教えてくれたことを思い出す。

真っ赤なカップに入ったドリンクの画像を撮って送った。
オーロラは撮れたんだろうか。
「ありあまる時間」をぎこちなく使っている母を想像すると、なんだか笑えてならない。

(Text: 国井 美果)
(Illustration: TPDL)

presented by STARBUCKS eGift
https://gift.starbucks.co.jp/


国井 美果
東京都生まれ。立教大学文学部卒業後、ライトパブリシティにコピーライターとして入社。
主な仕事に、資生堂コーポレートメッセージ「一瞬も一生も美しく」、資生堂マキアージュ「レディにしあがれ」、伊藤忠商事「ひとりの商人、無数の使命」企業広告シリーズ、など多数。 
著書に「ミッフィーとフェルメールさん」(美術出版社)など。ADC制作者賞、TCC賞、日経広告賞大賞など受賞。

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