読書狂時代

2016.12.15

読書狂時代

ミランダならではの『女性らしさ』とは

そんなシェリルの徹底的に合理化されたシステムを一瞬にしてぶち壊すのがクリーなのですが、まあ文学史上指折りのひどいヤツで、居候させてもらっているという感謝の気持ちはまるでなく、一日中ソファに陣取り冷凍食品を食べながらテレビを観て、風呂に入らなので悪臭を発し、床に汚れた下着(その描写が秀逸すぎるのは注目)や飲み掛けのコーラのペットボトルを投げ散らかし、しかもシェリルのことを「残念なヤツ」呼ばわりし、挙句の果てには暴力まで振るうのです。が、シェリルもやられているばかりではなく、フィリップになってクリーを犯す妄想をして性的な快楽に浸ったり、とミランダの世界は加速度的に倒錯して行きます。面白いのが、女性同士の暴力というのが読んでいて結構ショッキングだということ。もちろんそれは社会的なタブーに対峙するというメタファーなのですが、マスターベーションや同性愛など、まだまだ頭の中に色々な偏見やブロックがあることに気付かされるはずです。

二人の関係が変わるのは、ふとしたきっかけで護身術ビデオのシナリオを真似して演じるようになってから。ビデオに出てくる悪い男と被害者の女性を、二人はアパートのリビングでひたすら演じるようになるのです。タイトルの「ファースト・バッドマン」、(意訳すると「悪い男1」かな?)もここから取られています。女性を乱暴しようとするビデオの中の分かりやすい悪者と、自分の利益を追求することで他者を傷つけてしまう登場人物たちがこうして対比されます。

シェリルは物語の最後、彼女が求めていたものを手にします。いや、しないとも言えるのかも。偉大な本はいつだって答えを与えるのではなく、問いかけるものですが、この物語の終わりは多くの女性にとって女性としての人生というもの、しかもこのチョイスに溢れた時代にできる女性としての選択について、深く考えさせられるのではないでしょうか。

小説でも映画でもアートプロジェクトでも、徹底しているのは、ミランダの関心が、どこにでもいるいわゆる一般人にあるところ。あなたがケンダル・ジェンナーじゃなくても人生を卑下することなんて必要なくて、ほんの少しの視線の転換、そして想像力の魔法ですべての瞬間を特別にできるような気持ちにさせてくれます。やはりそこは、Learning to Love You More というアートブックを出版しているだけあります。この本がまた素晴らしいのですが、まずタイトルを意訳すると『もっと自分を愛する方法を学ぶこと』とかかな。ミランダとハレル・フィッチゃーの共同プロジェクトで、二人がウェブ上で提示したお題に対して一般読者からの回答を募り公開するという、というものなのですが、そのお題がもうキュンキュンする。例を挙げると、表紙のイメージになっている「両親がキスしている写真を撮りましょう」や「勇気づけられるようなバナーを作りましょう」というもの。私が一番好きなお題は、「こんな風だったらいいなという理想の会話を書き出しましょう」。あなたは誰と、どんな会話をすると思いますか? 残念ながら邦訳はされていませんが、そんなに難しくないので英語の勉強にもおススメの本です。

ミランダの作品は女性ならではの価値観というか、社会規範や理想やファンタジーを取っ払った本来の女性像を赤裸々に描き出しています。シェリルやクリーに覚える嫌悪感は、「女性なのに」という大きな前提がついていることに気付くはず。しかし、シェリルの傷つくことに対する過度の恐怖や、美しく生まれてしまったことによって物のように扱われるクリーの苛立ちなど、この本を読み終わった後ならばきっと優しく受け入れられるはず。そう、あなたも寄り添えます。フェミニズムという言葉を出した途端、「じゃあ、女も戦争に行くんだな」とか、「重い物とか持てよ」なんて極論をまくしたてられ、普通に仕事してるだけでセクハラされたりする日本社会は遅れてるよな、とか思ったり。私は海外生活が長かったので、日本が世界で一番いい国だと信じているので、だから日本はダメなんだ、とは全く思いませんが、私たち女性が次の世代が生きやすくなるように女性同士の団結を強め、少しずつ社会を変えていけるように意識を高めていくことは必要なんじゃないかなと思ったりします。そんなことを思わせる本、First Bad Man 『最初の悪い男』。読みましょう。以上、ヒラリー・クリントン心からお疲れ様でした&女性初東京都知事就任記念フェミニスト特集でした。

(Text:今泉 渚)
(Illustration:ナガシマアヤカ)


今泉渚
ニューヨーク大学文学部卒業。外資系ブランドのPRを経て、独立。現在はフリーランスPRと翻訳家として活躍する。夢は書店で同じ本を手に取ろうとした人と恋に落ち、結婚することだが、少しでも多くの読書時間を捻出する為に本はもっぱらオンラインで購入している。読書感想ブログ『本のPR』ではジャンルにとらわれない古今東西の名作を紹介。


TOKYOWISE SOCIAL TOKYOWISE SOCIAL