地元への愛がすごすぎる!文教地区とアングラ文化 二つの顔を持つ“国立” Both side of KUNITACHI

2017.06.26

Vol.18 中央線快速物語

文教地区の古株に聞く「国立今昔物語」


南口を出ると、まっすぐに伸びるメインストリートである大学通り、東へ旭通り、西へ富士見通りと主に3つの大通りがあり、個人経営の洒落たカフェや雑貨屋などもこれらの通りか、周辺に点在しており、散策していても楽しい。旭通りには開発当時から営業を続ける老舗も存在する。
そば処「志田」も1928年当初はモダンな喫茶店として開業したが、今や国立最古の蕎麦屋として知られている。その向かいの老舗写真店も1952年創業という古さ。ここでお伺いしたのが、現国立のイメージとはかけ離れた過去の国立の姿だった。

国立最古のそば処「志田」の店長 志田誠治さん。

当時、まだ国立という地名が生まれる前、このエリアはかつて「谷保」と呼ばれていて、立川の米軍基地相手の売春婦が多く荒れた街だったとか。そこに学園都市としての顔を作り上げるため、一掃しようと住民運動が起こったのだという。店主いわく「そうやって無理やり高級なイメージを作りあげたのだよ」とこぼしていたが、やはり女性たちからしたら自分や子供たちが暮らしている街が荒れているよりかは、山口百恵のようなセレブが住みたくなる街の方がいいに決まっている。当時運動した住民の主婦たち(も多かったという)の行動力には称賛を送りたい。その影響か、今も住基ネットワークへの接続拒否や、高層マンション反対運動やら住民運動が多いのも国立の風物詩にさえなっているが、こういった行為も地域の自治会に入らず、国の政治どころかや自分らの街の現状にも「無関心・無責任」な若い世代に比べると、理由はさておき、その行動力には感心してしまう。

国立を彩るアンダーグラウンドな漂流者たち


実は文教地区というイメージとはちょっと違う、新市民ともいうべき地下系住民がうごめいているとの情報をキャッチしたので、そちらも探ってみた。
その最たるものが「ライブハウス地球屋」。熊本から上京した店主のエルさんが運営するジャンルレスなミュージシャンが登場するライブハウスだ。ここには表通りではついぞ見かけないディープな人々が集まっていることに驚かされるだろう。

入り口もディープな、「ライブハウス地球屋」。

ジャンルレスなミュージシャンがよなよな音楽を奏でる。

もう一軒、「Shot Bar Zap’em」の店主Hiraiさんも神戸出身で、国立に流れ着き定着した人だ。Zap’em は、別名「婚活バー」(店主談)として知られるほどやたら客同士の成約率が高いという。地上の禁欲的な空気に違和感を感じ、地下に潜むアルコールとアングラな人種の匂いを嗅ぎつけてやってきた男女ならば、この現象には納得だ。ここに集まる人も、やはり文教地区感とは異色であるようだ。

何十年も前の話なのだが、知り合いの同僚夫婦(共に北海道出身の方)が国立在住であった。旦那さんが西友で買い物したところ、奥さんに「誰に見られているかわからないんだから、西友なんかで買い物しないで!買い物は紀伊国屋でしてちょうだい」となじられたという。大田区出身の知人にとって、以後国立市民は「見栄っ張りな人」という印象になってしまったそうだが、このように当時から表では見栄を張らなければならない緊張感が、地上の空気にはあるようだ。一方で、地球屋のエルさんや Zap’emのHiraiさんのような漂流者で独自のカルチャーを築いているDIY精神の強い人たちが、地上に新しい風を吹かせている。

国立は、「文教地区」という表の顔と、ミュージシャンや文化人が形成するアンダーグラウンドな側面を合わせ持ち、それらは表裏一体となり、街に不思議な空気を醸し出している。それは複雑で魅力的でもあるのだが、例えば原宿や浅草のように、ガイドブッグでは解説しきれないし、一日街をふらついただけでは体感できない。この2面性を味わいたいのなら、一番手っ取り早いのは国立に住んで、昼と夜それぞれ散歩するのがよいかもしれない。

(Text:N.Hacchi)
(Photo:Takeshi Suga)

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