2017.09.14

Vol.19 渋い東京

恵比寿の人気店“こづち”で見つけたディープ飯 東京の“渋い食堂”

食堂が『渋い』ってどゆこと!?


「食堂って渋いよな」─えっ、そうなんスか?私が若輩だからなのか、東京を知らないからなのか、それとも渋いの意味を穿き違えているのか…、とにかく先輩らの『食堂=渋い』にまったくピンとこなかった。渋いってつまり……え、役所広司?でしょ?

念のため辞書を引いておくと、渋いとは “はでやかでなく、おちついた深い味がある” とのことで、まあ総じて、その深みがカッコイイということだろう。うん、きっと役所広司で間違いない。
しかし、「食堂はハデではないけど、おちついた深い味はないでしょ」「食堂と私の役所広司を一緒にしてほしくないんですけど(怒)」と、『食堂=渋い』ことに共感できないでいた。
とはいえ、ディープな経験豊富な先輩エディターらも、だてに歳食ってるわけではないだろう…ということで、絶対にないであろう役所広司の片鱗を探しに、渋々東京の食堂へと繰り出してみたのであった。


知らないなんてありえない!? 大人のヘビロテ『渋い』食堂


12時03分PM こづち (恵比寿)


こづち (恵比寿)

茹だるような暑さの中、ガラ空きの入り口。食堂初心者の私は、このように少々気が引ける状況に出遭った際には、瞳を閉じて役所広司をイメージするというルールをつくることにした。めしを食らいながら汗ばむ役所広司─うむ、良いではないか。我ながらよい策を思いついたと自負しながら店に入った。
長いL字カウンターに、ところ狭しと並んだ丸椅子はすでに満席。背広の男性がちょうど会計を済ませた席に、すぐ案内された。お昼時には入り口付近に数名の待機列、席が空けば次々と新しい客が座り、客足の絶えない人気店のようである。
店内を見渡すと、3人前程はあるチャーハン大(700円)が目の前を通過、隣に座る中肉中背の男性の前へ置かれた。その量の多さに怯え、「肉やさい炒め定食(850円)」を注文したのだが、ここは大盛りチャーハンの他、肉生姜定食(850円)、カレーライス(大・650円)、数量限定の煮込みハンバーグ定食(850円)が人気のようだ。
常に激混みであるが、罵声の飛び交う殺気に満ちた店ではなく、「いらっしゃい。大?」とだけ聞いた常連客には、“いつもの” であろうチャーハン大が。L字の角に立ち、店を切り盛りする女性が、一見らしい女性客には「ご飯少なめ?」と淡白なテンションで聞いてくれる。決して媚びることはないが、優しい眼差しとタイミングのよい気配り。肉やさい炒め定食も、もちろん大盛りであったが、強すぎることのない塩気と香ばしさが食欲をそそり、少なめにしてもらった(一般的には)大盛りご飯も、ぺろりと平らげてしまった。

こづち (恵比寿)

後日、店を訪れ店主に話を聞くと、衝撃の事実が。なんとこの「こづち」、近頃になって調理場の人員不足にて、ひとりでも休んでしまうと店のパフォーマンスが保たれないため、臨時休業になってしまうとのこと……(涙)。飯が旨いのはもちろん、カウンター越しの彼らの働きを眺めるのを愉しみで来る客も多いと聞くので、この渋い食堂の救世主が現れることを願うばかり…。ご興味のある方はぜひ今すぐにご連絡を!!



こづち
住所:東京都渋谷区恵比寿1-7-6 陸中ビルハイツ 1F
営業時間:10:30~18:00
定休日:日曜日
https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130302/13001589/



食堂ビギナーには最高の店を訪れた私。何よりもまず言いたいのは、役所広司の片鱗探しについて忘れてしまう程、食堂のごはんは美味しかったことだ。正直、もっと雑な味を想像(期待)していたので、意外であった。それに、勝手に想像していた、丸椅子やテーブルのベタつきは一切なく、清潔であったことにも驚いた。長年使い込まれたものであっても、手入れをし、本来の目的やコミュニケーションの無駄な妨げとならないよう、きちんと整えてあるのだ。清潔とは無意識下で信頼や安心感を生む。成熟したオトナならば心得ているだろうコミュニケーションの基本が、食堂にはあった。
このように、安心して食べることができる店の包容力は、環境要因だけではない。付け加えて、都会的であり、背筋がのびる、適量とも言える気配りとほどよい距離感の接客。これも包容力と関係しているのであろう。そういえば、寿司屋などトラディショナルな日本食のカウンターには、客の自分が心地よく弟子の気分になれるといった、師弟関係とも似た関係が存在する…。
─とすると、食堂は、私が想像していたよりも、品格のある場所であったのだ。

ん?待てよ、「成熟」「包容力」「品格」ですと…これは役所広司の渋さじゃないか!と、脳裏にチラつく役所広司にニヤつく。食堂の “おちついた深い味わい” を解読した私は、より『渋い』について理解を深めた…そんな気でいた。

(Text&Photo:たてがみりむ)

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