BIRTHDAY STORIES

2015.05.12

BIRTHDAY STORIES
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Birthday Stories Vol.01
『あなたと旅したひとり旅』

尾形 真理子


 驚くことなかれ。わたしは今、ボラボラ島にいます。あなたが「ハネムーンで行ってみたい」といっていた、フレンチポリネシアの楽園です。飛行機を乗り継いで、さらにボートにも乗って来ました。結婚資金に貯めていた定期貯金を一部崩しました。会社には「実家の雨漏りを修繕しに帰る」と、しょうもない嘘をつきました。

 長期休暇を取ったのは何年ぶりでしょう。あなたと予定を合わせるのが難しくて、お互い仕事ばっかりしていましたね。この島にいると、まわりはカップルやファミリーだらけですが、幸せな空気感が島中に漂っていて、不思議と淋しさは感じません。散歩の道すがら、レストランで、みんなが声をかけてくれます。「エハテ フル?」は「楽しんでる?」っていうニュアンスらしいです。はい。楽しいです。

 驚くことなかれ。緑色の雲を見ました。 夕焼けに染まる雲、灰色の雨雲などはよく見ますよね。だけど、真っ白な雲に一部カビが生えたような……いやいや、もっと綺麗なエメラルドグリーンなんだけど、とにかく、そんな神秘的な雲を見ました。

 「空が海を映すからだ」と船頭さんが教えてくれました。「ほら!」という彼の指の先には、エメラルドグリーンの飛行機が飛んでいました。じゃあ、ジャングルの上の雲もグリーンに?
砂漠を飛ぶ飛行機のおなかは黄色に? いろいろ聞いてみたかったけど、わたしの英語力では無理があったのであきらめました。

飛行機1

 驚くことなかれ。わたし、ここでは、「マダム」って呼ばれます。「マ・ダァーン」がそれに近い発音です。日焼けするのが嫌だから、新婚旅行はリゾートよりパリっていうのが、わたしの主張でした。この島では、いたるところからフランス語が聞こえてきます。しかもバゲットがパリばりに美味しい。クロワッサンもやばい。おかげでちょっと太ったかも。あなたの大好きなコーヒーも美味しいです。

 昨日は、海へピクニックに出かけました。シュノーケルとフィンをつけて、海に浮かびました。途中で何度も日焼け止めを塗り直すわたしに、まるで海の男って感じのガイドさんが、頬をなでるジェスチャーをします。「そろそろ塗っとけ」みたいな意味だと思うのですが。その大袈裟な身ぶりが可笑しくて「少しくらい焼けてもいいかぁ」って思いました。おかげで今は肌がヒリヒリします。

 驚くことなかれ。仄暗い海底には、わたしたちが住む世界とは、まったく別の世界がありました。子どもみたいだけど、竜宮城とか、海底都市とか、本当にあると思った。ゆらゆらと太陽の光が揺れて、大小無数の魚たちが悠然と泳いでいました。

 海が横に広いっていうのは知っていたけど(確か地球上の面積の7割だよね)、海の縦の広さを、わたしはちゃんと知らなかった。もちろん頭では分かっていたけど(深海で暮らすダイオウイカのテレビ一緒に観たし)、自分の心と体を使って見てみるまでは、知ったかぶりと同じなんだと気づきました。

 9年も恋人だったあなたからのプロポーズに戸惑ったのにはいろんな理由があります。あなたが好きだけど、あなたが好きなものを、ぜんぶわたしは好きになれるのかなって。考えすぎて、悩みすぎて、自分のことも、あなたのことも、良く分からなくなってしまった。だからここに来ました。わたしの知らない、あなたの好きを知りたくて。ハネムーンは、パリとボラボラのどっちがいいのかって。

 驚くことなかれ。わたしは今、朝焼けの空を見ながら、コーヒーを飲んでいます。今日はあなたの誕生日ですね。9500km離れた場所から、あなたにもコーヒーを贈ります。はじめての一人旅。わたしは変われたような、変われないような。だけど、同じコーヒーを飲んだり、同じ景色を眺めたり、同じ時間を過ごすことが、ふたりで生きるってことなのかな、と。好きとか嫌いとか、案外つまらないことだと思えてきました。「アイタ ペアペア」になったわたしと、これからも一緒にコーヒーを飲んでくれますか。「気にしない、気にしない」っていう言葉と一緒に、日本へ帰ろうと思います。

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Text 尾形真理子

presented by STARBUCKS eGift
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尾形 真理子

1978年東京都生まれ。2001年、博報堂に入社し、コピーライターとして活躍。LUMINE、資生堂、東京海上日動あんしん生命、Tiffany&Co.、キリンビール、日産自動車などの広告を手がける。朝日広告賞グランプリ他受賞多数。「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」(幻冬舎文庫)が初めての小説となる。
雑誌「広告」の編集長も務める。

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