BIRTHDAY STORIES

2016.01.18

BIRTHDAY STORIES
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Birthday Stories Vol.10
『ムーンライト・ジンジャー・フォーミュラ』

雪舟 えま



 月の日本人街では、人工の雪が降りつづいている。
 ニューワセダ通りにある私の店では、米ぬかと塩を布袋に詰めて作ったカイロを販売している。作っているのは私と、米ぬかをゆずってくれるお米屋さんの奥さん、そして、雇って一年になるアンドロイドのテミヤ。

 テミヤはいま、ご近所の注文取りや、古くなったカイロの下取り、高齢者ホームへの配達といった外回り中。私は仕入れた古着をほどき、米ぬかカイロの袋を縫っていた。月では資源はかぎられており、日用品は再利用が推奨されている。

 作業の手をとめ、私はコーヒーを飲みながら窓の外を眺めた。

 月面に張りついて広がるこの街は、気象を管理できる屋根のしたにある。母星の人びとと連帯感をもつために、地球の日本-東京と季節が同期されていて、月の市民も疑似春夏秋冬を味わっている。コントロール装置には得意不得意があるようで、たとえば疑似梅雨などは調節がむずかしく、昨年は街ぜんたいがミストサウナのようになり、市民から苦情が出て一週間で終わった。ほかの季節ならわりにじょうずだ。真夏はまあまあ暑いし、冬は、気温をさげるのは得意なようでうまく再現できている――つまり、テミヤはいま、けっこう寒かろうなと思う。

 私が寒がりで、この季節はテミヤに外回りをお願いしている。アンドロイドなので文句はいわないけど、帰ってきてその顔が結露して曇るのを見ると、感謝ともうしわけなさでいっぱいになってしまう。テミヤはつるりとしたヘルメット型の頭部にカメラをそなえた大きな目と、鼻はあるかなきかのつんとした突起、そして小さな口がある。人間に似すぎていないゆえに愛嬌がある。テミヤは仕事上の相棒であるばかりでなく、家でも手伝いをしてくれる大切な同居人だ。外見が中性てきなので息子とも娘とも決めがたいが、私に子どもがいたらこんなふうかしらと。

 コーヒーのおかわりをしようと立ちあがり、そうだ、と、ひらめく。

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 テミヤ、きょうも寒い中ありがとう。帰り道のスターバックスで温まっていらっしゃい! カードに添えるメッセージを胸の中でつぶやきつつ、私は端末を起こし、先日やっぱり寒い日に、お米屋さんの奥さんにもらってときめいたStarbucks eGift をテミヤに送信しようとした。eGiftのサイトを見ると、「お誕生日のちょっとした贈りものに」とも勧められている。

 誕生日……? テミヤの誕生日って?

 私は壁のカレンダーに目をやる。きょうは地球では大寒――二十四節気ではいちばん寒いとき。そして、去年テミヤが工場から派遣されて私のところにやってきた日だ、と、気づく。あの日も、私の前にあらわれたテミヤは結露していた。細かな水滴に白く曇りながら、「はじめまして、これからどうぞよろしく」と、大人とも子どもとも、女とも男ともつかないふしぎな声でいったのだ。

 テミヤには誕生日がなかった。私と出会ったきょう大寒の日が、そうだというのはどうだろう?

 私はカードにねぎらいの言葉を書き、「おぼえていますか? きょうは一年まえ、あなたがうちに来てくれた日。この日をお誕生日にしましょう。おめでとう」と、添えた。さらに、「仕事が終わったらお祝いに、街へくり出しましょう!」とも。

 帰ってきたテミヤは明るいグリーンのフエルト・スーツを脱いで、「ごちそうさまでした。いま月でいちばん人気の、ムーンライト・ジンジャー・フォーミュラをいただきました」と、いった。

「どうだった?」

「シロップの甘さとしょうがの優しい刺激、生クリームのなにかゆるされる感じ。お腹の温度があがること。あれを幸福感というのでしょうか? はじめて体験しました」

 テミヤは笑っていた。誇らしげに報告するその口の端に、生クリームをつけて。

(Text: 雪舟 えま)
(Illustration: TPDL)


雪舟 えま
1974年札幌市生まれ。歌人として活躍し、2011年に第1歌集『たんぽるぽる』を上梓。12年初の小説集『タラチネ・ドリーム・マイン』を刊行。その他の著書に『バージンパンケーキ国分寺』『プラトニック・プラネッツ』『幸せになりやがれ』、絵本『3びきのこねこ』、共著に『本をめぐる物語 栞は夢をみる』がある。
http://yukifuneemma.com

※「ムーンライト・ジンジャー・フォーミュラ」は、創作上のドリンクであり、実際の店舗では販売されておりません。

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