BIRTHDAY STORIES

2016.03.17

BIRTHDAY STORIES
top_001

Birthday Stories Vol.12
『春の日の十九歳』

加藤 千恵


 三月の終わりにやってくる自分の誕生日が、昔から嫌いだった。ちょうど春休みと重なっていて、学校の友だちにもお祝いしてもらいにくい。みんな次の学年への期待や不安を膨らませるのにいっぱいで、わたしの誕生日のことなんて忘れてしまっている。
 だけど今年は楽しみにしていた。大学生になって、生まれてはじめて、彼氏ができたからだ。ずっと憧れてやまなかった、彼氏と過ごす誕生日!
 それなのに。
「好きな子ができたんだ」という声が、頭の中でまた再生される。よりによって一週間前じゃなくったってよかったのに。でも誕生日直後に言われたって、つらさに変わりはないのかもしれない。
 さんざん泣いて、涙も枯れ果てたのか、こうして思い出していても、胸は締めつけられるみたいに苦しくなるけど、涙が出そうな気配はない。
 わたしは近くに置いた携帯電話で時間を確認する。午後十二時。本当なら二人でおいしいパスタなんかを食べていたかもしれない。買い物していたかもしれない。アトラクションに乗るのを並んで待っていたかもしれない。まだ具体的なプランは決まっていなかったけど、楽しくて幸せな日になるのだけは確信していたのに。まさかこうして、ベッドから出る気にもなれずに、ただグズグズと悲しい気持ちにひたっていることになるなんて、一週間前まではまったく想像していなかった。
 大学でできた、一番仲のいい友だちの麻由美は、タイミング悪く帰省中だ。明後日東京に戻ってくるらしい。わたしも実家に帰ればよかったのかもしれない。今からだと飛行機のチケットも高くなってしまう。
 十九歳。十代最後の大切な歳の幕開けを、たった一人きりでベッドの中で過ごしているなんて。
 涙じゃなくてため息がこぼれそうになったところで、携帯電話が鳴る。麻由美からだ。「Starbucks eGiftを贈ります。」というテキストとアドレスが書かれている。ギフト……?クリックすると、画像とメッセージが表示されていた。

【お誕生日おめでとう!お祝いできなくってごめんね。
東京戻ったらお祝いするから、欲しいもの考えておいてね。】

 下にはドリンクチケット。どうやらスターバックスで使えるものらしい。
 スターバックスなら、うちから歩いて十分くらいのところにある。よく頼むキャラメル フラペチーノ®の甘さと、ほんのりとした苦さを思い出す。飲みたいな、と思った。目を覚ましてから、まだ何も口にしていない。
部屋の薄いカーテン越しにも、今日が晴れていてあたたかそうなことが伝わってきている。ジャケットはなくてもいいくらいかもしれない。準備をして、着替えて、スターバックスに出かけて、好きなものを飲む誕生日。少なくとも、このまま一日が終わってしまうよりはずっといい。
せっかくだから、気にいっているワンピースを着て出かけようと決める。春にピッタリなクリーム色。麻由美に返信する、お礼の言葉を考えながら、わたしは立ち上がる。

(Text: 加藤 千恵)
(Illustration: TPDL)


加藤 千恵
1983年北海道生まれ。2001年、高校在学時に刊行した短歌集『ハッピーアイスクリーム』で歌人デビュー。 現在は、小説、詩、エッセイなど様々な分野で活躍。著書は『ハニー ビター ハニー』『真夜中の果物』『その桃は、桃の味しかしない』『点をつなぐ』など多数。

TOKYOWISE SOCIAL TOKYOWISE SOCIAL