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2015.09.19

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物の価格と旅のコスパ、イタリアで見つけた値段の形



ローマから夜行列車に乗り、朝早くにベネチアのサンタルチア駅に着いた。5月にしては肌寒い。雨雲が空一面に重く広がり、運河は波打ち荒れている。
ヴァポレットと呼ばれる水上バスにのるためにチケット売り場へ行くと、窓口の男性から「strike!」とけだるそうな声で言われた。
ストライクではなくストライキである。英語をまともに話せないのに、思わず巻き舌気味で「really!?」と返してしまった。

対岸にジウデッカ島を臨む大きな運河まで歩いて行くと、ストライキとはいえ全く動かないわけではなく、向こう岸までは無料で乗せてくれるようだ。通常だと5分乗るだけでも1,000円ちょっとのチケット(75分有効)を買うことになるので、タダで乗れてなんとなく運がいいような、そうでもないような心持ちで宿へ向かう。

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もちろんベネチアに住む人が同じ料金で利用しているはずもなく、ヴァポレットに限らず、街のあらゆる価格は住民と観光客で2段階に設定されている。観光地ではよくあることだが、西欧では少し珍しい。
一見不平等でもぼったくりだという声はあまり聞かない。訪れる人がそれなりの出費を覚悟しているということと、多少高くても満足されるだけの価値を提供し、価格設定や表示の仕方も上手なのだと思う。

同じ観光地でも、アジアでは相場よりちょっと高いだけで破格の値切りを始めたり、レストランで外国人用の割高メニューの存在に気付き、鬼の首をとったように騒ぎ出す人もいる。日本円にしたら大した差額ではなくても、その土地の相場に慣れてしまうのだろう。定価が当たり前の文化に慣れていると、言い値やチップなど不確かな金額の支払いはハードルが高い。

ただ観光業で成り立つ国では、その大したことのない差額が死活問題になる場合もある。
わたしも以前はがんばって値切っていたが、法外な額でない限りは言われた金額をそのまま払うように切り替えた。たったそれでだけで、旅のストレスがかなり減ったように感じる。
「日本人がなめられる」という意見もあるが、なめられようとなんだろうと、犯罪レベルのぼったくりなら拒否すればいいだけのことである。 相場を知って自分のスタンスを定めることで楽になれるのなら、その方がずっと心地いい。

翌日、昨日は無料で乗ったヴァポレットにきちんとチケットを買って乗り込む。
昨日見た灰色の風景が嘘のように、美しく賑やかな街並みがきらきら光る運河に浮かんでいた。船上では住人と思われる女性が犬を連れていて、近くの人が頭を撫でて笑い合っている。
船頭の席には、向かい合って穏やかに会話をしている夫婦がいる。旦那さんは時々、子どものように身を乗り出して通りすがる大きな船を眺め、奥さんはその姿を見つめている。
わたしは1人でぼんやり、日本に帰ってからのことを考えていた。

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短い滞在だったけど、来てよかった。また来ようと思う。

支払うお金に対してもたらされる価値は目に見えるものとは限らないし、お金はまわるものである。必ずしも購入物そのものの対価と考える必要はない。
少しだけゆるやかに考えることで、これまでよりずっと遊びのある豊かな旅を紡ぐことができるような気がする。

そんなことを考えるきっかけがあるだけで、これからの旅が楽しくなる。
75分1,000円のヴァポレットも、案外安いのかも知れない。
(やっぱり高い)

(Text&Photo: Yuko Ohba)


Yuko Ohba
seitaro design, inc./グラフィックデザイナー
TOKYOWISEのサイトデザイン、記事のグラフィックを担当するデザイナーの1人。3ヶ月間休職をし、世界各国を周遊してきた。
Instagram:@ohbayuko

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