完全ファン目線の安室奈美恵論

2018.08.15

完全ファン目線の安室奈美恵論

展覧会でも発揮された偉大さ

安室奈美恵というアーティストが持つビジョン力と実行力に、改めて敬服する思いだ。引退日の9月16日まで開催されている展覧会、「namie amuro Final Space」の東京会場に足を運んだ感想である。彼女が引退した後の自分の人生を考えた時、代わりになるアーティスト――と言ったら本人にも代わりの人にも失礼だが、日々の暮らしに“好きなアーティストのライブに行く”という彩りをもたらしてくれる人を探そうとした時期があった。だが、“好きになれる人”以前の問題として、そもそも“コンスタントに新譜をリリースして全国ツアーをしている人”自体がそう存在しないことに気付いただけだった。そしてその、人がやっていないことを描いて実現する安室奈美恵の力を、この展覧会でも思い知らされたのだ。

貫かれた安室奈美恵スタイル(ネタバレあり!)

コンスタントなリリースとツアーを続けるアーティストが少ないことには、様々な理由があるだろう。だがそのひとつが、単純に“大変だから”であることは想像に難くない。例えばテレビ番組やフェスに出たいと思ったら、必要なのはその枠に入るための努力だ。それとて容易ではないだろうが、リリースと単独ライブのためには、枠そのものを自ら創出することが必要となる。また、配信でのリリースや路上でのライブなどと違って膨大な数の人を巻き込む必要もある以上、需要があることも必須条件だ。つまりは、いくら“私はライブアーティストになる”と決めたところで、それを実現するのは至難の業。しかも、巻き込んだ多くの人の言いなりになることなく、自分の理想の形で続けるとなったら尚更だ。

その偉業を長年成し遂げてきただけあって、この展覧会もまた、枠から創出された“安室奈美恵スタイル”のものだった。テーマパークのアトラクションのように、まずは暗い部屋に数十人が集められ、音楽を聴きながらドアが開くのを待つ。開くとそこは、展覧会コンセプトをクールに説明した映像が流れる部屋。進むと次には、安室奈美恵のこれまでが凝縮された映像が流れ、思い出が次々と蘇ってきて脳内が忙しくなる部屋。映像がファイナルツアー「Finally」の印象的なシーンで終わると、スクリーンが幕のようにスルスルと上がっていき、現れるのはそのシーンで使われていたセット…! 我々ファン、粋すぎる演出と本物のセットに感涙しながら、ここは写真撮影OKと言われて慌てて笑顔を作るの巻である。

そこからは基本的に衣裳の展示となるのだが、ただトルソーが並ぶだけの味気ない空間を思い浮かべるべからず。何体かごとにテレビ画面が設けられ、本人がその衣裳を着て出演したテレビ番組やステージの映像が映し出されている。安室奈美恵の姿を見ながら、歌声を聴きながら、衣裳を隅々まで観察しながら、いちいち懐かしみながら、添えられたクレジットを確認しながら、衣裳デザイナーが4人しかいないことにこだわりを感じたりもしながらの鑑賞。非常に忙しいが、逆行こそ許されていないものの、自分のペースで見られるから焦ることはない。ファイナルツアーに行けたファンとも、行けなかったファンともちゃんとお別れがしたいという安室奈美恵のビジョンが、まさにそのまま具現化された空間なのだ。

イモトとのスリーショット撮影も

最初とはまた別のステージセットの上に本人とダンサーたちの衣裳トルソーが置かれた、東京会場のハイライトとも言える部屋を抜け、過去のジャケット写真やアザーカットのパネルが並ぶ道を通ってメイン会場を出てからも、展示はまだ続く。長年にわたって断続的に出演を続けてきたコーセーの全CMの映像やパネル、セブン-イレブンのCMで着た衣裳、表紙を飾ってきた数々の雑誌のパネルが並ぶ部屋。我らが同志(勝手に)、イモトアヤコとのツーショット写真に安室奈美恵の直筆サインが添えられたパネルと一緒に撮影ができるブース。そして、ライブ会場と違って実際に手に取って触って、じっくりと吟味して買うことができるグッズ売り場……。すべて見終わった頃には、2時間近くが軽く経過していた。

稀代のライブアーティストの最後の大イベントがライブではなく、展覧会だと知った日には少々の疑問も感じたものだが、体験した今ならばその理由がよく分かる。それは、安室奈美恵の活動を“誰でも見られる”形で総括することだ。前売り券の発売日にサーバーがパンクしたり、7月26日の初日には大行列ができたりと、相当な混雑を思わせる報道もあったが、何しろ2か月近く開催されるイベントだ。ライブのようなチケット争奪戦はなく、時間指定の前売りはまだ普通に買えるし、筆者が行った平日の夕方は当日券も出ていた。そこまで見越して展覧会という形を選んだに違いない安室奈美恵への敬意として、いわゆる“にわか”や長らく遠ざかっている人も含む全ファンにオススメすると同時に、東京とは内容が異なるらしい大阪、福岡、沖縄会場への“最後の遠征”を密かに目論む筆者であった。

(Text:町田麻子)
(Illustration:ハシヅメユウヤ)

<展示概要>
namie amuro Final Space
東京会場
渋谷ヒカリエ 9階ヒカリエホール
(東京都渋谷区渋谷2-21-1)
2018年7月26日(木)~2018年9月16日(日)

大阪会場
ナレッジキャピタル(グランフロント大阪内)イベントラボ
(大阪府大阪市北区大深町3-1)
前期:2018年7月14日(土)~2018年7月29日(日)
後期:2018年8月11日(土)~2018年9月16日(日)

福岡会場
福岡三越・三越ギャラリー
(福岡市中央区天神2-1-1)
2018年8月12日(日)~2018年9月16日(日)

沖縄会場
沖縄市・プラザハウスショッピングセンター3階
(沖縄県沖縄市久保田3丁目1番12号)
2018年8月2日(木)〜2018年9月16日(日)


町田麻子
フリーライター。早大一文卒、現在東京藝大在学中。主に演劇、ミュージカル媒体でインタビュー記事や公演レポートを執筆中。
www.rodsputs.com

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