TOKYO alive 東京生活向上指南

2014.09.19

東京生活向上指南 Vol.03
走ることはセラピーだ。〜数冊の大切な本とともに

ダイエットや健康のためだとしたら、人は走ることを続けられるだろうか。難しいだろう。そしてきっとつまらない。
これから走ることが好きになるかもしれない人に向けて、個人的なそして感覚的な話を正直に書かせてもらおうと思う。

走りはじめたきっかけについて、ランニング仲間と話すことはあっても、本当のことは言えていない。強い日射しの下、息を切らせ、全身に汗をかきながら走っていたときに感じていた、官能的な気持ちよさのことなどは(ついにここで言ってしまった)。
「気持ちいいね」という言葉は自然と口をついて出るけれど、体感的な、五感で感じる歓びのことは、それ以上はなかなか口にはしづらい。

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本の中で共感する記述に出会うことになる。ああ、自分だけじゃないんだと安心する。
ランナーたちのバイブル『BORN TO RUN』(クリストファー・マクドゥーガル NHK出版 2010)。最も過酷なトレイルレースとして知られる「ウエスタンステイツ100マイル」(160キロ!)で14度の優勝を飾っている脅威の女性ランナー、アン・トレイソンの言葉だ。
「走るのは本当にロマンチックなの。(中略)正直に何度も、いまどんな気分かと自分に問いかける。自分の身体に対して感覚を研ぎ澄ますこと以上に官能的なことなんてある? 官能的というのはロマンチックということでしょう?」
著者クリストファー・マクドゥーガルはこう言う。状況が最悪なときに人は走る、と。アメリカではこれまでに3回、長距離走のブームがあったが、いずれも国家的な危機のさなかであった。大恐慌時代、ベトナム戦争、そして2001年の9.11の後には、突如としてトレイルランニングが最も急成長したアウトドアスポーツになったと。
「単なる偶然かもしれない。それとも人間の精神に“引き金”があり、猛禽類の襲来を察知すると、自動的にこの人類のもっとも初歩的で最大のサバイバルスキルが発揮されるのか。ストレスの緩和や官能的な歓びという点で、ランニングはセックスよりも先に人生で経験するものだ」
そう、官能的な歓びと精神の充足。走る理由はそれにある。それらを同時に与えてくれるものなんて、他にそうはないから。

『BORN TO RUN』で世界最強の走る民族ララムリとのレースを繰り広げるウルトラランニング界のレジェンド、スコット・ジュレク。天使か神かと思う存在感を放っていたスコットが、自伝『EAT&RUN』(スコット・ジュレクNHK出版 2013)では驚くほど人間的な内面を見せる。母の死、親友との別れ、離婚といった人生の苦しみを越えていくために走り続けようとする思いを。
「仏教や自己実現について、いろいろな本を読んだ。そこで語られる平穏を手に入れたかった。体を動かすときに経験する安らぎと、より長く走りより疲労が強いほど心の中に広がる静寂が欲しかった。勝つことは確かに面白かった。でもそれよりも、走ることであらゆる心配事を忘れて、自分の中に入っていけることがうれしかった」

ちょっとエクストリームな話になってしまったけど、言いたかったことは、都市生活でのタフな日々の中で、走ることはとても大事なセラピーとなるということ。たとえ近所を走る5kmのジョグだったとしても。健康や美容やファッション的な側面からではない、ランニングの素晴しさを言うとすればそこにあると思う。

もう少し本の話。これから走りたいと思っている人にお勧めしたい1冊といえば、『ファンランへの招待―もっと楽しい走り方』(衿野未矢 中公新書ラクレ 2009)だろうか。辛い出来事からアルコール摂取過剰状態だった著者は、走ることに出会う。遠足ランや温泉ラン、大会もとにかく楽しむうちに、“結果的に”心も身体も元気に。その喜び、楽しさを伝えたいという思いにあふれている本だ。
すでに走りはじめた人には『走ることについて語るときに僕の語ること』(村上春樹 文春文庫 2010)を。真摯に語られているのは走ることについてだけではない。小説を書き続けるということとは。年齢を重ねていくということとは。
この本の中に、走ることがいかに官能的であるかを独特の比喩で言い得た素敵な一文があったはず、と思い見返すのだがどこにも見つからない。どうやらそれは僕の願望、妄想だったようだ。

(Text: yasutake iijima

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