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2016.08.01

vol.11 TOKYO SYSTEM
地方出身の人たちに訊いた「自分が東京人になったと思う瞬間」

「私、祖父母の代から東京で生まれ育ってるから、“帰省”って感覚が分からないんだよね。どんな感じなの?」

「“帰省”っていうのは……“リセット”みたいなもんだね」

「どういうこと?」

「汚れた東京生活に身も心も染まってしまった自分を解放してあげる期間。つまり“原点回帰”なんだよ」

「……ってことはさ、私は汚れっぱなしってワケ!?(笑)」


これは先日耳にした友人男女の会話からの抜粋。お互いに「祖父母の代」とか「汚れた東京」とかさりげなく毒を吐き合っているのもなかなかだが、同じ東京に住んでいても、その人の実家が東京にあるか地方にあるかを瞬時に判別できる“帰省”という行為の意味合いが気になった。彼の言う“リセット”や“原点回帰”は、裏を返せば「すっかり東京人と化した自分」からの教訓的な目線であるからだ。

「以前は帰省っていう“リセット”とか“原点回帰”を経ると、東京に戻ってきてもしばらく上京した時のような新鮮な気持ちになれたけど、最近はそれが長続きしなくなって。今は戻りの飛行機でそんな気持ちも消えてしまう。そういう時に『ああ、自分はすっかり東京の人間になってるんだ』って実感する」

現在の東京は彼のような地方出身者に加え、「自分は東京生まれだけど親は地方出身者」という人が圧倒的なマジョリティを形成している。もはや“もう一つの場所”を意識することが「東京的」となった今、彼のような“二重目線(ダブル・ヴィジョン)”を持つことは、「東京人としての必須マナー」と言ってもいいかもしれない。祖父母の代から東京ですという少数派ならともかく、これからはビジネスする人もクリエイティヴする人も持ち合わせておいて決して損はない思考感覚だと思う。

では、一体どんな時にその“二重目線(ダブル・ヴィジョン)”は生じるのだろう? そこで今回は、東京で暮らす地方出身系の人たちに「東京人になったと思う瞬間」をストレートに訊いてみることにした。

①【故郷から思う瞬間】


●故郷の友人と話している時、そこそこの平凡な幸せじゃなくて、尖ってもっと上を目指したいと思ったりしている瞬間。
(三重系東京人・30代女)

●大阪出張時にエスカレーターの左側に立ってたら、後ろから上ってきたオッチャンに「どかんかい!」と恫喝された瞬間。
(大阪系東京人・40代男)

●久しぶりに地元に帰った時、自分ではバリバリの博多弁を話しているつもりが、かなりの標準語寄りだったらしく、友人に「東京に魂を売った」と言われた瞬間。
(福岡系東京人・20代女)


(ひとこと)
三重の女性は完全に東京のダークサイド=見栄っ張りウィルスに感染しておられるようです。また、大阪の男性は無意識に左側にいたことが相当なショックだった様子。ちなみに大阪ではエスカレーターは右側に並ぶのが定説です。

②【日常から思う瞬間】


●マンションのメールボックスに大量に入れられたアダルト系や不動産系のチラシを、夜遅く帰宅時に流れ作業で黙々と処分している瞬間。
(新潟系東京人・30代男)

●上京当初は「歩くの遅い」って言われていたけど、変なナンパやキャッチに捕まりたくないし、地下鉄構内を歩く人もめちゃくちゃ早くて、いつの間にか自分のスピードも競歩並みになっていた瞬間。
(山形系東京人・20代女)

●午前2時、人もまばらな小綺麗なスーパー・マーケットで物悲しいストリングス・ミュージックを耳にしながら、溜息まじりに買い物をしている瞬間。
(愛媛系東京人・40代男)


(ひとこと)
皆さん、お疲れのようです。山形の女性は防衛本能から歩くのが早くなったという人間としてのピュアな進化です。愛媛の男性が耳にしているのはやはり「ミスター・ロンリー」でしょうか。

③【合コンから思う瞬間】


●1回会っただけのそこそこ有名な芸能人や実業家を、「あいつ友達だよ」と隣の女の子に軽快な口調で言い放ってしまった瞬間。
(静岡系東京人・30代男)

●「自慢話をしながら相手を必死に口説いている自分」を鏡越しに見てしまった瞬間。
(大阪系東京人・30代男)

●幹事を任されたにも関わらず、いろいろと忙しくて前日の木曜日に店を探そうとしたら、どこもいっぱいで予約が取れないことに本気で焦った瞬間。
(長野系東京人・20代男)


(ひとこと)
静岡の男性も東京ダークサイドで確実に迷子になっています。大阪の男性は本来の「自虐」ではなく、東京流儀の「自慢」をしてしまった別人の自分という存在に驚いた様子。

④【事実から思う瞬間】


●実家で暮らした年月を、東京生活のそれが追い越した瞬間。
(北海道系東京人・30代女)

●結婚して本籍を地元から主人(東京)のに移した瞬間。
(富山系東京人・30代女)

●新しい彼女とデートする時、出向く店やスポットがことごとく昔長く付き合った彼女と行ったことがある場所とかぶり、密かに昔を懐かしむ瞬間。
(兵庫系東京人・30代男)


(ひとこと)
北海道と富山の女性は地に足をつけた正当派な感覚です。これほど自覚しやすい境界線はありません。兵庫の男性はまさに東京での人生が一巡した証拠です。新しい彼女とどうかお幸せに。

⑤【消費から思う瞬間】


●コインパーキングで高額な駐車料金を支払っている瞬間。
(沖縄系東京人・20代女)

●TVや広告に踊らされることがなくなり、冷めた目線を確立した瞬間。
(茨城系東京人・30代男)

●35年住宅ローンを組んだ瞬間。
(福井系東京人・20代男)


(ひとこと)
茨城の男性のコメントは実に奥が深いです。人口だけでなく情報量もハンパない東京ではいかに自分というものを確立するかが、消費の囚人からの脱却に繋がります。住宅ローンは賛否両論ありますが、あえてカッコ良く言うならば、それは男の生き様であり、東京に根を張るという一つの決意表明と言えます。

⑥【環境から思う瞬間】


●タワーマンションに引っ越して以来、夜景に心がときめかなくなって、東京タワーが普通になった瞬間。
(鹿児島系東京人・40代女)

●近くで解体や建設工事を立て続けに頻繁にやっていて、常にどこかから騒音がループしている瞬間。
(鳥取系東京人・20代女)

●満員電車に慣れて人の波に無心で流され、人にぶつかった時にも謝りのフレーズが出ない、出す必要がない瞬間。
(青森系東京人・30代男)


(ひとこと)
皆さん、東京の表情を見事にとらえた瞬間だと思います。「鼻毛が伸びるのがやけに早くなった」と言う男性もいましたが、この汚れた街の空気の中で、建設中のビルの背が伸びるのとどちらが早いのか、一度検証したいところです。

⑦【女心から思う瞬間】


●行きつけのバーや鮨屋ができて、一人で出向いてカウンターに座っている瞬間。
(宮城系東京人・30代女)

●スタバのコーヒー片手に銀座をかっ歩していたら、見知らぬ人からティファニーやヴィトンの場所を尋ねられた瞬間。
(徳島系東京人・20代女)

●地元の友達が東京に遊びに来た時、「ドラマに出てるこの店行きたい!」と言われて出向いてみたら、通勤途中でいつも通り過ぎている店だった瞬間。
(山口系東京人・30代女)

(ひとこと)
一人で行きつけの店があることは、自立した大人の女であることも強く感じさせます。徳島の女性はやはりその後、クロワッサンを買ってタクシーでティファニーへ駆けつけたのでしょうか。

(TEXT:Tokyo Psycho)
(Illustration:sho miyata)


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