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2015.09.02

vol.7 TOKYO COST PERFORMANCE

クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_5

街・アートと片手袋の相関関係


―片手袋研究のなかで一番興奮する瞬間ってどんなときですか?

僕は「片手袋に貴賤なし」とか「片手袋博愛主義」ってよく言うんですけど、どんな片手袋を見つけても興奮はしています。でも、前に見た片手袋と系統がつながってきたり、時代を反映しているようなものに気付いたときには、ゾクゾクとしてきますね。映画や絵画を観ていても「この作品で語っていることって、あの片手袋と同じじゃないか」とかそういう見方になってくるんですよ。

―たしかに、石井さんのブログ記事では、マグリットなど様々なアート作品の中に登場する片手袋について語っていますね。

趣味として片手袋が描かれているアート作品も探しているんですけど、これが結構あるんですよ。“片方だけの手袋”というだけで何か違和感や存在感がありますし、それがアーティストを引き付けるのかもしれません。実は、アニメや漫画にも片手袋が登場することは多くて、『コボちゃん』や『サザエさん』、『ちびまる子ちゃん』でも片手袋のネタが使われていたことがあります。アニメといえば“アナ雪”だって、あれは片手袋映画ですからね(笑)。ディズニーやピクサーはしょっちゅう色んな映画で片手袋を出してくるので、あれは絶対に片手袋好きが社内にいますよ。実写じゃなくてアニメに出てるってことは、わざわざ描かなきゃいけない訳ですから。

―ということは、実写の映画や写真などでも片手袋が登場することはあるんですか?

スピルバーグの『リンカーン』では、物忘れが激しいリンカーンを象徴するような意味で片手袋を落としていくシーンがありましたね。本来ふたつあるはずのものがひとつしかないとか、歴史モノだと決闘シーンで投げるとか、意味を持たせやすいアイテムだっていうこともあるかもしれませんが、気にして見ていると結構あるんですよ。実在の人物でいえば、マイケル・ジャクソンは僕にとって“King of片手袋”ですよ(笑)。

―確かに(笑)! マイケルの片手袋は有名ですし、謎も多いようですね。そんな、片手袋研究において一番の成果といえるものはありますか?

10年間の研究の中でひとつ見えてきたことがあって、片手袋は街や時代の変化っていうのを確実に反映しているんですよ。震災以降、自転車通勤の方が増えたというニュースを観ましたが、その頃から自転車用の片手袋が路肩に多くなったり。最近で一番分かりやすい変化がスマホ用の片手袋の増加傾向ですね。街の変化でいうと、築地場内って昔は職人さんしか入れないような場所で、「軽作業類放置型」がほとんどでした。でも、ここ数年は世界中の観光客が訪れていて、「ファッション類介入型」の片手袋まで見られるようになってきました。そういうところには土地柄の変化を感じますよね。
あとは、「介入型」の面白さが分かるのが、ビニール袋に入った片手袋です。落し物を拾ってわざわざ袋に入れてあげる人がいるのも凄いのですが、次の日、雨が降ってきたら袋がちゃんとジップロックに変わっていたんです(笑)。「都会は人とのつながりがなくて冷たい」とか安易に言われがちですけど、「介入型」片手袋を見ているとそうかなぁって思うんですよね。渋谷だろうが新宿や六本木でもこういう「介入型」って多いですし、むしろ人が多い街ほど発生するんですよ。片手袋は全く知らない人同士のコミュニケーションなんです。都会全てが愛に溢れているとは思いませんが、そういう見えづらくなっていることが片手袋を通じて分かったりもしますね。

―「介入型」片手袋は、東京という街に垣間見える“絆”ってことですね。

はい。でも、以前介入型の写真を見た人に「これって良心じゃなくてただのいたずらだよ」って言われたことがあったんです。最初は腹が立ちましたがその後よくよく考えてみると、全てではないとしてもいたずらのケースも確かにあるなと。でも、無視して通り過ぎるんじゃなく、拾った片手袋を面白く置いて見ず知らずの人をちょっと笑わせてやろうっていう、それも関わり方のひとつじゃないですか。そう思うと他者とのコミュニケーションという意味では、良心でもいたずらでも同じなんですよね。“人と人のつながり”とか構えて言うと胡散臭いですけど、片手袋を落とすことも、拾って介入することも、全ての些細な行動が、街や時代の象徴になっているというところが面白いですね。


<石井さんがTOKYO LOVEを感じた片手袋たち(本人解説付き)>


クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_6 何故か道端のお地蔵様の横に置かれた片手袋。拾った人が「落とし主に届きますように」と願って置いたのかも。東京の片隅でひっそりと行われる祈りの儀式。

クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_7 片手袋をよく見ると、そこに関わった人の性格なんかが分かる事も。この片手袋を拾ってあげた人は、掃き掃除中に見付けた片手袋を捨てない繊細さがあると同時に、電柱にガムテープで張り付ける、という豪快さも持ち合わせている……気がする。

クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_8 都会、特に東京は人間関係が希薄で冷たいイメージがあるかもしれない。しかし、都会の人間だって落ちている手袋を拾い上げるくらいの温かさはある。写真は渋谷のスクランブル交差点で出会った介入型片手袋。

片手袋と生きるということ


―10年にわたる片手袋研究で、ご自身に変化はありましたか?

不思議な話なんですが、あの角を曲がったら片手袋があるっていうのがなんとなく分かることが最近あるんです。あと、うちの自転車のカゴに片手袋が入っていたり、釣りに行ったら片手袋を釣り上げたり、僕が片手袋を追っていたはずなのに、片手袋が僕を追ってきているように感じるんです。ちょっとしたノイローゼですよね(笑)。この間、コンビニで店員さんが「片手袋の方~」って言うので、条件反射で返事しそうになったんですけど、店内で落した人がいただけみたいで(笑)。ひとつのことを突き詰めていると、運命に導かれているのか、気づいてしまうことを運命だと思い込んでいるのか、分からなくなってくるんですよ。あとは、片手袋を見つけるとどうしても反応してしまうので、なかなか前に進めず遅刻をしてしまったり、俺は何をやってるんだろうってときどき思います。でも、基本は楽しんでやってますね。ちょっとした移動でも退屈する時間が全くないですし。

―なかなかの心酔ぶりですが、そんな片手袋研究に情熱を燃やす石井さんに対して、ご家族のリアクションは?

娘は生まれた時から僕が片手袋を撮っているのを見てきているので、むしろあたり前のことだと思ってるんですよ。七五三のときにも神社へ向かう途中に片手袋があったので、記念に娘を横に立たせて撮影したりしてますし(笑)。妻には結婚するまでカミングアウトできませんでしたね。この人おかしいって思われてダメになる可能性があるなと。なんとなく気付いたみたいで、一時は少しいさかいになりかけたこともありましたが、今では諦めに近い感じじゃないですかね(笑)。

―でしょうね(笑)。素人目にはかなり骨の折れる作業だと思ってしまいますが、片手袋研究をやめようと思ったことはないんですか?

ないですね。昔、子供の頃に霊柩車が通ったら親指を隠すとかあったじゃないですか。ああいう感じに近いんじゃないかと(笑)。でも、10年前に始めた時から、これは死ぬまでやり続けようと決めていたんです。それは、世界で一番長いといわれる小説を書いたヘンリー・ダーガーのように、僕が死んだときにハードディスクから何故か大量の片手袋写真が出てきたら面白いんじゃないかと思って(笑)。

―そこまでやりきったら最高の結末ですね! では、現在の石井さんの人生において片手袋の存在とは?

片手袋研究で生活している訳では勿論ないのですが、仕事とは別の世界があることは、逃げ道というわけではなく、何となく心が楽になるかなと。結局、人生のうちにひとつくらいどうでもいいことをやった方がいいと思うんですよ。意味のないことにかけがえのない時間を捧げるっていうのは、無駄遣いであると同時に結構贅沢なことだと思うんです。それと最近は他の人にも片手袋の魅力を知って貰いたい、という気持ちが湧いてきて、展覧会で写真を展示したりもしてます。

―東京に生きる現代人にとって、“無駄こそ最高の贅沢”というのはとても重要なメッセージかもしれません。片手袋研究を通して今後の展望などありますか?

最近では世界各国や日本各地から、片手袋情報を送ってきてくださっているんで、いつかは“片手袋サミット”のようなものができたらいいなと、長期的な目標として考えています。テーマソングには、「下を向いて歩こう」って歌を作りたいですね(笑)。

クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_9

インタビューの後、石井さんの片手袋探しの様子を撮影するべく、私たちは夜の原宿に出た。すると、「今日絶対にありますよ」と静かに微笑みながら語る石井さん。夏の盛りに原宿で片手袋はちょっと……と思った瞬間、「あれって……」と石井さんが駆け寄ったのはメインストリートの歩道に落ちていた半透明のビニールの塊。某コンドーム専門店の目の前だけにスタッフ一同は半信半疑だったが、石井さんは確信に満ちた様子で激写を始めた。なんと「ディスポーザル類放置型雨に唄えば系」片手袋を発見したのだ! 東京の街も下を向いて歩くと、新たな出会いが待っているのかもしれない。

クスっと笑えるLOVEがある東京的偏愛生活 〜片手袋編|Favoritism to lonely gloves_10

(Text :Yumi Sato
(Photo: Masashi Nagao)


石井公二(Koji Ishii)
1980年、東京生まれ。片手袋研究家。玉川大学文学部芸術学科卒。2005年より街に落ちている片方の手袋を“片手袋”と名付け、写真を撮ったり発生のメカニズムなどを研究し始める。写真や研究成果の発表は主にネットで行ってきたが、2013年に神戸ビエンナーレ「アートインコンテナ国際展」に入選、奨励賞を受賞して以降、作品制作やメディア出演、原稿執筆などを通じて片手袋の魅力を広めている。
公式サイト 片手袋大全(http://katatebukuro.com/
ブログ かたてブログ(http://katateblog.cocolog-nifty.com/

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