映画と音楽のオイシイ関係

2019.02.06

映画と音楽のオイシイ関係

『2001年宇宙の旅』という映画の衝撃

私は少しひねくれたティーンエイジャーだったから、高校生の頃に聴いていたのはアイドルや流行りのポップスではなくてロカビリーやモッズやパンクだったし、ハリウッド映画には興味がなく単館でほんの数日だけ上映されるヌーベルヴァーグの作品や過去のモノクロフィルムばかり観ていた。
スタンリー・キューブリック作品もそのうちの一人。初めて観たキューブリックは『ロリータ』だったが、話題となった『時計仕掛けのオレンジ』や、この作品ももちろん観て衝撃を受けていた—『2001年宇宙の旅』だ。

今、この作品を20年以上も経って見直してみようと思い立った理由は特にないのだが、当時は気付きもしなかった今だからこそ感じる様々なことについて書き綴ってみようと思う。このコーナーの趣旨通り、特に音楽的な視点から。

まず第一に、この作品はよく難解だとか不可解と言われる。ここであえてストーリーを説明するならば、こうだ。
人類創世記、猿人達の前に謎の黒い石版が現れる。恐る恐るその石板に触れた猿人たちはヒトへの進化を遂げる。そして時代が流れ、ヒトは宇宙に行けるまで進化した。そして2001年、人類は初の有人木星探査へと旅立つ。
しかし、宇宙船を制しているAIの「HAL 9000」が突然反乱を起こす。 宇宙船のクルーがHALによって殺害される中、生き残ったボーマン船長は広大な宇宙で“謎の石版”に遭遇し、遂に未知の世界へと到達し、さらなる進化を遂げる。

非常にシンプルなストーリーだと思うし、そこに込められたメッセージも明確だ。しかしそれでもこの映画をわかりにくいとか単調で退屈だという人がいるならば、それは極端に説明が少ないからだ。

音に込められた意味

ジェルジ・リゲティの『アトモスフェール』で映画はスタートする。しかししばらく画面は真っ黒のままだ。この真っ黒な画面から物語がいつスタートするのか、緊張とともに音楽に耳を傾ける。ミステリアスなサウンドが期待と不安と煽る

そして続くのがリヒャルト・シュトラウスの 『ツァラトゥストラはかく語りき』この映画のテーマ曲ともいうべき象徴的な曲だが、他にもキューブリックはクラシック音楽をうまく取り入れている。例えば『美しき青きドナウ』オーケストラの演奏はもちろん宇宙の壮大さや優雅さにピッタリだが、合わせるシーンによって畏怖や狂気を感じさせるのは何故だろうか。

さらにキューブリックはジェルジ・リゲティの音楽をとても効果的に使っている。これは一般的なクラシック音楽のイメージというより現代音楽に近いが、奇妙な音の積みや響が、ミステリアスなシーンより一層引き立てる。

そしてどのシーンのどの曲においても、1曲丸々味わうくらいのボリュームで音楽を聞かせる。セリフがないので余計、映像と音楽がリンクする。インターミッションとエンドロールの後には再び真っ黒な画面とともに音楽を聴かせるという場面もある。

と書くとあたかも音が盛りだくさんの映画のようだが、実際この映画にはとても音が少ない。つまり、無音のシーンが多いのだ。
いわゆる現代の一般的な映画では、サウンドトラックのみならず、セリフも多いし効果音も多い。この映画にはセリフが少ないだけでなく、重要なシーンや激しい場面においても効果音が非常に少ない、もしくは呼吸音のみなど、シンプルな音に限っているのだ。そしてそれがとても効果的なのである。

言ってみればこの映画には「間」が多いのだ。ストーリーも映像も、音楽も。セットにしたって、今のSF映画に比べればシンプル極まりないが、それがなんとも洒落ていて美しい。しかしそれぞれのシーンに置ける発想としてはとても進んでいて、革新的だと思う。この映画から、SF映画にクラシックを多用するようになった、とも言われているそうだ。

この映画が作られたのは1968年。こんな映画をこの時代に作ることができたキューブリックはやはり奇才だ。私たちは2001年をとうに過ぎてしまったが、キューブリックが描いた未来と今を比べて、どう感じるだろうか。

私はこの映画を不可解だとは全く思わない。説明を極力省いた、十分な想像の「間」、言い換えれば「スペース」が、とても美しい映画だと思う。そして、音楽がこれほどクローズアップして聞こえるような、映像との独特な関係で成り立った映画は、今現在においても非常に稀なのではないだろうか。

(Text:akiko)
(Illustration:Junko Osawa)

akiko

ジャズシンガー
2001年、名門ジャズレーベル「ヴァーヴ」初の日本人女性シンガーとしてユニバーサル・ミュージックよりデビュー。既存のジャズの枠に捕われない幅広い音楽活動で人気を博し、現在までに22枚のアルバムを発表。これまでに「ジャズ・ディスク大賞」や「Billboard Japan Music Award」を始め、数々のミュージックアワードを受賞。2003年にはエスティー・ローダーより日本人女性に送られる美の賞「ディファイニング・ビューティー・アワード」を授与される。

アルバムプロデュースやコンピレーションCDの選曲、執筆、アパレル・ブランドとのコラボレーションなど多方面で活躍。また、ボイス・ワークショップの開催や、アーユルヴェーダやヨガのワークショップ、国内外でのリトリートツアーなども不定期に開催している。
デビュー15周年となる2016年にはアーユルヴェーダのコンセプトを元に5種類に分けた5枚組ベストアルバム「Elemental Harmony」をリリース。 音楽性やファッション性のみならず、そのライフ・スタイルにも多くの支持が集まる。
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