完全ファン目線の安室奈美恵論

2018.07.05

完全ファン目線の安室奈美恵論

素晴らしき思い出に変わったファイナルツアー

ファイナルツアーが終わって約1か月が経ち、コーセーの最後の出演CMの公開、数々の雑誌への最後の登場、そして大規模な展覧会「namie amuro Final Space」の開催発表と、“最後”の文字が躍るニュースたちよって安室奈美恵引退へのカウントダウン感が否応なく高まってきている今日この頃。さぞ深いロスに陥っていることだろう、という周囲からのありがたいご心配の声をよそに、そして自分でも驚くべきことに、意外と平気な筆者がいる。それはとりもなおさず、間違いなく伝説となるであろう、ツアー最終日の東京ドーム公演に幸運にも参戦できたおかげである。終わるの怖いからいっそ行くのやめようかな、くらい追い詰められた気持ちで向かったライブだったが、なんとちゃんと楽しめてしまったのだ。

よくよく聴けば、ほとんどが応援歌

my初日となった札幌公演の時は、いつもと違うバラード&ミディアムナンバー多めのセットリストが不意打ちすぎて、いちいちしみじみ悲しくなってしまう自分がいた。だが今回、それはすでに想定済み。札幌以来しばらく聴けていなかったアルバム『Finally』を、数日前から覚悟を決めて聴くようにしていたし、さらなる免疫をつけようと、ライブで歌われる曲を自分で予め歌っておく、という策まで施してあった(要は、直前にカラオケに行った)。この準備が、ものすごく功を奏した。 自分で歌っている間はまだ、こんなに“最後”をグサグサと突き付けてくる曲ばっかり歌うなんて、なんて残酷なんだろうと思っていたのだが、そうして歌詞の意味まで深く理解した上で本人の歌を聴いたことで、楽曲それぞれの持つ純粋なメッセージと力が体に沁み込んできたのだ。全30曲の内訳は、乱暴な分け方をするとユーロビートが2曲、小室哲哉プロデュースが8曲、低迷期のものが3曲、復権後のものが11曲、新曲が6曲。わけても筆者が心を打たれたのは、復権後の曲たちと新曲だった。というのも、よくよく聴くと半分以上が私たちへの応援歌になっていて、ああこの人はきっと復権した頃からずっと引退を見据えていて、自分がいなくなってもファンが強く生きていけるように、こういう曲を選んでいたのだろうな……と。そのように妄想すると、残酷どころか母性すら感じさせる優しさではないか。

ファンやスタッフへの感謝を述べた異例のMC――というよりスピーチ――は、多くのワイドショーで取り上げられたのでご覧になった方も多いことだろう。だがあまり流れなかったこととして、彼女は「いち音楽ファンとして、皆さんの毎日の中に素晴らしい音楽が常にあることを心から願っています」という主旨の発言もしていた。札幌では「安室ちゃんそんなこと考えてたんだ」くらいの認識だったこの言葉が、今回は別の意味に感じられた。私の毎日にはこれからも、安室奈美恵が残してくれた素晴らしい音楽がある。そう思ったら、「最後は笑顔で」と言われても無理だよー(泣)と思っていた札幌の時とは違い、本人の最後の「みんな元気でねー!バイバーイ!」に、笑顔で手を振り返すことができたのだった。

信頼と実績の安室奈美恵

引退が発表された時、SMAPが解散した時のファンの気持ちがようやく分かったよと、虚無感を共有した気でいた筆者。だがそんなふうに思ったしまったことを、今はSMAPファン、そして安室奈美恵本人にも詫びたい気持ちでいっぱいだ。1年も前に発表してもらえて、動員人数が過去最大となる引退興行をやってもらえて、ちゃんと別れを告げさせてもらえた私たちは、間違いなく恵まれている。信頼と実績の安室奈美恵――。そんなフレーズが自然と浮かんだくらい、長年ついてきたことを後悔させない偉大なアーティストだと、改めて感じたファイナルツアー最終日。さて、そこで目下唯一の気がかりは、件のスピーチで「9月16日以降、私がこうしてステージに立つことはありません」と言ったことである。

彼女は確かに、「今日以降」ではなく「9月16日以降」と言っていた。単に引退日を強調しただけだろうとは思いつつ、そういえばこれって“ファイナルツアー”ではあるけど“ファイナルステージ”と銘打たれてはいないよな、などとつい邪推してしまうのがファンというもの。このツアーによって、ファンが思っている以上にファン想いだったことを証明した形の安室奈美恵が、80万人動員のツアーでもなおチケットが入手できなかったファンがいることを承知の上で、より収容人数の少ないステージにこれから立つとは正直、考えづらいものがある。だが、引退という悲しいはずの現実さえファンに前向きに受け止めさせてしまった彼女なら、すべてのファンが喜ぶ画期的な方法を思いつけるのかもしれない。とにもかくにも、信頼と実績の安室奈美恵が出す答えを、引き続き注視していく所存である。

(Text:町田麻子)
(Illustration:ハシヅメユウヤ)


町田麻子
フリーライター。早大一文卒、現在東京藝大在学中。主に演劇、ミュージカル媒体でインタビュー記事や公演レポートを執筆中。
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