完全ファン目線の安室奈美恵論

2018.10.16

完全ファン目線の安室奈美恵論

最終回:安室奈美恵の引退に寄せて

稀代のライブアーティスト、安室奈美恵が9月16日をもって引退した。引退日前後の3連休には彼女の故郷・沖縄に全国からファンが集結したという報道がなされ、私も会う人会う人に「行ってたんですか」と尋ねられたが、答えはといえばまあ、「福岡止まりでした」。集結したといってもたかだか3万人であり、ファイナルツアーのDVDを買ったファンが130万人いることを考えればほんのひと握りである。思いは沖縄に馳せながら、地元に留まったり、私のように沖縄以外の地に遠征したりして過ごしたファンも多かったのが現実だ。というわけで今回は、そんな“あるファンの引退日”ドキュメントをお届けした上で、いわゆる“アムロス”について考えてこの「完全ファン目線の安室奈美恵論」を終えたいと思う。

安室奈美恵がいたから港町が楽しい

私だって、沖縄には行きたかったのだ。だが、8月下旬になってようやく開催が発表されたファイナルステージのキャパは、なんとたったの3500人。そんな少ない枠に当選するほど自分が徳を積んできた人生とはとても思えず、そして当選しなくてもとりあえず行こうと決めるには開催発表が遅すぎた。3連休の沖縄は飛行機もホテルもただでさえ激戦で、当選発表を待ってから手配したのでは間に合わないのはもちろんのこと、そんなもの待たなくてもすでにキャンセル待ちしかない状態。万が一当選した時のことを考えて一応キャンセル待ちはかけたし、最悪は船で行くとかプライベートジェットをチャーターするとかあらゆる可能性を模索してもみたが、どれも険しい道のりであることは明らかだった。

引退日と前日の沖縄ではほかにも安室奈美恵関連イベントが多くあり、ファイナルツアーの応援上映会、展覧会、そして花火大会のどれかひとつでも参戦できるなら、プライベートジェットをチャーターしてでも沖縄に行く価値はあった。だがそのすべてにあえなく撃沈し、そしてファイナルステージにも予想通り落選という決定打を浴びた時、私は思った――このままでは、私の中の“信頼と実績の安室奈美恵”像が揺らいでしまうと。冷静に考えれば、ファイナルステージの開催が発表される前から、引退日は沖縄で迎えようとファンならば思っているべきだった。でも私には、それができなかった。ファンとしてのこの落ち度を、このままでは本人のせいにしてしまう、最後の最後に翻弄された思い出が残ってしまう、そうなるくらいなら沖縄はスパッと諦めて、別の過ごし方を見つけようと考えたのだ。

安室奈美恵が「私らしく」引退日を迎えるように、私も「安室奈美恵ファンらしく」引退日を迎えよう。そうして私は、彼女が教えてくれた“遠征ついでに地方を観光する楽しみ”を最後に享受しようと、博多で開催されている展覧会を鑑賞ついでに門司港まで足を延ばす1泊旅行を決行した。展覧会チケットも引退日分はすでに売り切れていたため鑑賞は15日となり、つまり引退日当日はまるまる、安室奈美恵とは何の関係もない地で安室奈美恵とは何の関係もなく過ごしたのだが、楽しかった。「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないが、安室奈美恵がいたから、私は平成最後の夏、レトロな港町観光を満喫することができたのだ。

アムロスとともに生きていく

そうは言っても、何の関係もなく過ごしてしまったが故に“燃え尽きた感”はなく、東京に戻ってからはしばらく引退を引きずった。翌日はワイドショーとニュース番組をひたすらハシゴし、その流れでHuluのドキュメンタリーを10時間分ほど一気見し、ファイナルステージも配信されることを知って「早く言ってよ…」と大いに拍子抜けしたりもした。日が経ってそのファイナルステージも観て、ゲストを迎えたフェス形式のライブということでさすがにいつもと違う感じだったのかと思いきや、相変わらずMCほぼなしの踊りっぱなしスタイルが貫かれていたことに笑ったり、引退の本当の理由が最後まで明かされなかったことに寂しさを覚えたりもした。色々な感情が入り乱れ、引退の実感はまだ湧かない。

思うに、私たちが本当の意味で“アムロス”を実感するのは今ではなく、これからの長い人生のふとした瞬間瞬間なのではないだろうか。私に“育った国の魅力に立ち返る”“同じ趣味を持つ友人と過ごす”という、辛い人生を乗り切るためのヒントと彩りを教えてくれたように、また世の女性たちに“仕事でもプライベートでも自分のスタイルを貫く”という生き方を示してくれたように、安室奈美恵がファンに与えた影響は、決して音楽や作品といった狭い範囲にとどまるものではない。よって、ロスに直面するのは引退という事実を突きつけられた時ではなく、人生に行き詰まったり迷ったりした時だと思うのだ。その時に彼女が残した音楽や作品が力になってくれるのか、それとも不在を改めて実感して絶望するのかは分からないが、これだけは言える。私たちは、アムロスとともに生きていく。

(Text:町田麻子)
(Illustration:ハシヅメユウヤ)


町田麻子
フリーライター。早大一文卒、現在東京藝大在学中。主に演劇、ミュージカル媒体でインタビュー記事や公演レポートを執筆中。
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