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2014.11.26

vol.3 The Movement-TOKYO 2014-2015
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近ごろ、東京でもデイリーに着物を着る人が増えている。あちらを見ても、こちらを見ても、雅な着物姿の人が行き交う京都の花見小路までとはいかないが、女性に限らず、「ダンキモ」こと「男子着物を羽織る会」などを通して、男性の間でもじわじわとその人気は広まりつつあるとか…。

着物姿の人を見かけるたび、自分には遠い世界だと思っていたが、30歳になった時、「近い未来、週の半分は着物を着て日常を過ごすような、そんな大人になりたい」という密やかな願望が生まれた。未だそれはパーフェクトには叶っていないが、ご縁あって、近年、徐々に着物を着る機会が増えてきた。

個人的にいうと、着物を着る一番の楽しみは、しゃんとした自分になれることだ。洋服なら、いつものハイヒールで大股にガンガン歩く。それが着物を着たとたん、内股気味になり、背筋は驚くほどしゅっと伸び、歩く、食べる、座る、立つ…あらゆる所作が、角がとれたようにしなやかに、おのずと丁寧になり、洋服では味わえない清々しい気持ちになる。以来、着物を着る機会を増やそうと、お茶を習い始めた。

「そういう方は実際多いですよ。お茶の他にもおどりやお琴など、着物を着る機会の多い習い事をきっかけに、もっと着物を着たくなったという、逆のケースもよくみられますね」というのは、創業100余年、八王子の老舗・荒井呉服店の石毛立介さん。

東京の着物人口が増えた一番の理由は、何なのか。今回の本題であるこの質問を主軸に、今と昔の着方の違いや着物を着るシチュエーションやルールの変化など、着物好きとして、溢れ出す疑問を石毛さんにおうかがいしてきた。今後、ますます増えそうな着物人。もし興味を抱かれたなら、ぜひご一読いただきたい。
*s141024_088 荒井呉服店・次長 石毛立介さん

──最初にお聞かせください。東京でも着物を着る人が増えた理由って、ズバリ何なのでしょうか?

着物屋にはいくつか種類があります。うちみたいな呉服屋もあれば、その中でも振袖を専門に扱うお店もありますし、その他、全国展開の大規模なチェーン店もあります。あと最近では、リサイクル店ですね。私が思うに、近年、着物を着る若い人が増えたのは、リサイクル店が増えたことが一因だと思います。

私たちの祖母にあたるくらいの世代の人たちが着なくなった着物を処分するとなると、その行き先は、リサイクル店になります。近年は、テレビドラマの効果もあって、大正ロマンといいますか、そういう着こなしに興味を持ち、着物を着始めている若い人も増えているようですね。

──荒井呉服店では、リサイクル着物は扱っていませんよね?

はい。当店では反物からお客様の寸法に合わせてお仕立てする着物がメインです。ただ、洗える着物のお取り扱いはございます。絹ではないけれど、絹のように上質に見える化繊タイプのデザインものは、見た目にも華やかですし、価格的にもリーズナブル。値段も3万円代から10万円未満で、一揃えしても15万円くらいで収まります。

何より自分で洗えますので、お手入れの面での手軽さも喜ばれているかと思います。大手百貨店に置かれているものと同様、当店でも若い方が手に取られることが多いですが、着付けや習い事などのお稽古用に使われている方もいます。ちなみに、S、M、Lと仕立て上がった状態で、店頭に並びますので、私共は“プレタの着物”と呼んでおります。

──プレタの着物を纏う人たちの着姿について、どう思われますか?

着物と言うと、先ずその形(スタイル)をイメージされますよね? ですので、まずは形に親しみを持っていただけるなら、正絹か、化繊かという素材のことは、一旦脇に置いておいてもいいんじゃないかなと思います。 極端なミニ丈にアレンジするなどは、ちょっといただけませんが…。

やはり着る回数が多い人ほど、着こなしは上手ですよね。突飛な例かもしれませんが、それこそ、歌舞伎役者の方なんて、どれだけ動いても浴衣でさえ、着崩れしない姿には脱帽です。街ゆく人の着こなしでは、胸元あたりに目が行きます。夕方くらいにクタッとしているなら、「どこかにお出かけされていたのかな?」と思いますが、午前中やお昼の段階なら、あまり着慣れていない方なのかなと。でも、よっぽど着慣れていないかぎり、ピシッと襟元が決まった着姿はそうそう、お目にかかれるものではないかなとも思います。

──着物について、今と昔の大きな違いを挙げるとすれば、何になりますか?

昔の人よりも、今の人の方が着姿がキレイだと思います。うちは両親の生家はどちらも呉服屋で、昔の写真がたくさん残っているんです。そういった写真で昔の人の着物姿を見ると、けっこうラフな感じなんですね、着こなしが。なぜかというと、補正を入れずにそのまま着ているからです。

時代劇などで観る「あ~れ~」と女性の着物を脱がしていく様も十分あり得たでしょうし、見方によっては、この頃の着こなしの方がリアリティはあるかもしれません。今は、タオルを巻いたり、紐を締めたりと、色んなもので補正してから着物を纏うのが常ですし、“よそ行き”な感じが昔よりも強くありますよね。

あと最近は、男女共に平均身長も高くなり、手足も長くなってきていますので、反物を織る作り手側でも色々と考え始める傾向にあります。劇的な変化はありませんが、帯の長さも、反物の幅も徐々に変わりつつあります。当店にお越しになる振袖のお客様の中で、お母様が成人式に着た振袖をお嬢様が継がれるケースも少なくないのですが、寸法面で調整が必要な場合もあり、一度ほどいて仕立て替えすることもあります。

*s141024_108 ──20年、30年経っても、母親の振袖は現代の娘が着られるものなのですね。

梅や菊や吉祥紋などの古典柄などは、年月を経ても、色褪せない普遍的な趣きがあるので、そのまま着られるお嬢様もいらっしゃいます。色合い自体に時代を感じる時は、帯揚げや帯締めなど小物を使って少しコーディネートに変化を取り入れて、今のエッセンスを加えたり、あるいは帯だけ新調されるということもあります。

20歳を迎えるお嬢様が主役なので、お嬢様の好みが最優先となりますが、これから30歳40歳と歳を重ねて成人式の思い出の写真を見返した時に「あぁ、この振袖にして良かったな」と思って頂けるようなコーディネートの提案を心掛けています。成人式後もお正月や友人の結婚式などお召し頂く機会はたくさん巡ってきますからね。そういう時にも楽しんで頂ける様なものを目指しております。

──え!? 振袖って、たしか未婚の女性が着る着物でしたよね?

以前は、未婚の女性だけが着るものでしたし、25歳を過ぎたら、未婚の人でも着ませんでした。でも、今は、未婚や年齢に関係なく、着ても良くなった風潮があります。お正月になると、テレビに着物姿の芸能人がたくさん出てらっしゃいますよね? 中には30歳を超えている方が振り袖をお召しになられていますし、着物の雑誌などでも然りです。

着物を着るルールも、シチュエーションも、時代と共に少しずつ変わってきています。かつて、結婚したらまず持つものは留袖と言われていましたが、今は皆がそうではないですし、着ていく場所も選ばなくなってきているので、広く親しまれる上では良い時代になったのかなと思います。

──これから着物を着ようという方におすすめするなら、何ですか?

女性には紬をオススメしますね。結婚式などのフォーマルな場にはNGですが、紬は普段着の着物という事で着るシチュエーションは断然多くなるからです。男性も増えつつありますが、まだ女性に比べると少ないので、身近に感じていただけるように、当店でも力を入れていきたいところです。ちなみに、仕事柄、私は毎日のように和装ですが、夏はスーツより浴衣でいたほうがずっと涼しくて快適です。

着物に興味を持つ、着物を着始めるきっかけは、人それぞれだと思いますが、できることなら、いずれは正絹のものにトライしていただきたいですね。着物というひとつの衣服の形が出来上がるまでには、各産地の職人など、たくさんの人の手が携えられています。そういう方たちの存在あってこその着物です。日本人なら、一度は自国独自の文化を体感していただきたいですし、多少手はかかりますが、着付けや帯結びも含めて、和装に親しんでもらえたら嬉しいです。

*s141024_106 奇遇にもこの取材のすぐあと、石毛さんが女性におすすめされていた紬のひとつ、上田紬(長野県)の工房を訪れる機会があった。そこでは、この道ひと筋ウン十年のベテラン職人たちが一心に機織りしていた。生糸を経糸に、真綿から紡いだ紬糸を緯糸に一本ずつ織られていくその様はとても美しく、絹の光沢と独特の風合いに見惚れた。もし、東京の着物人がこの光景を見たら、もっと着物が好きになるだろうし、着ようか着まいか迷いあぐねている人も一気に悩みが解決してしまうだろうと思った。石毛さんが言うように、きっかけは何であれ、着物の世界に足を踏み込んだなら、いつかは本物を纏ってみたいものだ。

(Text : 岸 由利子
(Photo : Yuuko Konagai)



荒井呉服店
東京都八王子市八日町9-8
TEL:042-625-5291
FAX:042-626-1686

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