7月の東京。暑さが増す中で迎える夏の映画館には、心の奥底に響く力強さと繊細さを併せ持った新作が集まった。日常の風景を鮮やかに切り取りながら、光と影、記憶や存在の問いかけに挑む物語たち。感情の交錯や揺らぎが胸を打ち、スクリーンの向こうに新たな視点をもたらす。今月はそんな、心を掴んで離さない5本の映画を紹介する。
『夏の砂の上』
劇場公開日:2025年7月4日
長崎の静かな町を舞台に、喪失を抱えた男と、彼のもとに突然預けられた姪とのひと夏の共同生活を描いた家族ドラマ。監督・脚本は『そばかす』の玉田真也。原作は岸田國士戯曲賞受賞作家・松田正隆による同名舞台劇。主演はオダギリジョー。
幼い息子を亡くし、妻とも別れ、孤独な日々を送っていた治のもとに、ある日、妹の娘である16歳の優子がやってくる。突然始まったふたりの同居生活は、ぎこちなくも少しずつ距離を縮めていき、やがて治の中で止まっていた時間が動き始める。優子のまっすぐな眼差しと向き合ううち、彼の心には微かな再生の兆しが芽生えていく。
共演には松たか子、森山直太朗、高橋文哉、満島ひかりら実力派が揃い、静かながらも確かな余韻を残す演技を見せる。家族とは何か、喪失の先にあるものは何かを静かに問いかける、真夏の陽射しとは対照的な、陰影深い一本。
2025年製作/G/日本
配給:アスミック・エース
劇場公開日:2025年7月4日
公式サイト:https://natsunosunanoue-movie.asmik-ace.co.jp/
『「桐島です」』
劇場公開日:2025年7月4日
1970年代、日本の社会不安が渦巻く中、大学生・桐島聡は反日武装戦線に共鳴し、過激な活動へ足を踏み入れる。三菱重工爆破事件をきっかけに組織が壊滅すると、彼は偽名で逃亡生活を送りながら、普通の工務店での日々とそこで出会ったライブ歌手との新たな生活に心を動かされていく。逃亡者としての葛藤と穏やかな日常の狭間で揺れる男の物語が、緊張感ある心理劇として描かれている。
監督・脚本を務めるのは高橋伴明。主人公には毎熊克哉、相思相愛となる歌手役に北香那、そして奥野瑛太らが共演。実在の過激派事件を背景に、個人の再生と静かな日常の価値を問う力作だ。
2025年製作/105分/G/日本
配給:渋谷プロダクション
劇場公開日:2025年7月4日
公式サイト:https://kirishimadesu.com/
『顔を捨てた男』
劇場公開日:2025年7月11日
俳優志望で顔に極端な変形を抱える男が、思い切って顔をを変える治療を受けた瞬間から、彼の運命は予期せぬ軌道へとずれ始める。不条理にも思える出会い──かつての「自分」に瓜二つの男が現れたことで、彼のアイデンティティと現実の境界が揺らぎ出す。
主演は『サンダーボルツ』で知られるセバスチャン・スタン。顔のない男として葛藤を深く演じるその姿に、観客は胸の奥に込み上げる不安と共鳴するだろう。その相手役には、ダイナミックな存在感を放つレナーテ・レインスヴェ。そして“鏡像”となるもう一人の男を演じるのは、独特のカリスマ性を秘めたアダム・ピアソン。監督はアーロン・シンバーグ、製作はA24とKiller Filmsがタッグを組み、緻密な心理描写とヴィジュアルに満ちたスリラーを生み出した。
2023年製作/112分/PG12/アメリカ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
劇場公開日:2025年7月11日
公式サイト:https://happinet-phantom.com/different-man/
『私たちが光と想うすべて』
劇場公開日: 2025年7月25日
ムンバイでルームメイトとして暮らす看護師のプラバと年下の同僚アヌ。
プラバは結婚したものの夫とは音信が絶え、
アヌはイスラム教徒の恋人との交際に悩みを抱えている。
そんな二人が、病院の食堂で働くパルヴァディの帰郷に付き添い、
海辺の村へ旅に出る。そこで出会う森や洞窟といった異世界のような光景と、
予期せぬ出来事を通じて、それぞれの人生の可能性と向き合う。
長編デビューとなるパヤル・カパーリヤー監督が、インド社会の抑圧や女性の生きづらさを繊細な眼差しで描き出す。第77回カンヌ国際映画祭ではインド映画として史上初のグランプリを受賞した、2025年を代表する1本。
2024年製作/118分/PG12/フランス・インド・オランダ・ルクセンブルク合作
配給:セテラ・インターナショナル
劇場公開日:2025年7月25日
公式サイト : https://watahika.com/
『MELT メルト』
劇場公開日:2025年7月25日
ベルギー・ブリュッセルを舞台に、自らの過去に深いトラウマを抱える女性カメラマン助手・エヴァが、少女時代に死んだ恋人の追悼イベントをきっかけに故郷へ帰郷し、不穏な復讐の計画を進めるサスペンス・ミステリー。長編デビューとなる監督フィーラ・バーテンスは、冬の氷塊のように冷たく固く閉ざされた感情と、雪解けのようにほのかに揺れる内面との共鳴を、静謐な映像と抑制された演出で紡ぎ出す。
主演のシャーロット・デ・ブリュイヌは無口で硬質な内面役を体現し、少女期のローザ・マーチャントとの対比が、エヴァの心の裂け目を可視化する。原作はリゼ・スピットによる同名作品。氷の塊を車に積むという冒頭のショッキングな仕掛けから物語が展開し、観る者は徐々に彼女の深淵へと引き込まれていく。
2023年製作/111分/PG12/ベルギー=オランダ
配給:アルバトロス・フィルム(提供:ニューセレクト、キングレコード)
劇場公開日:2025年7月25日
公式サイト:https://melt-film.com/
蒸し暑い街の喧騒から一歩足を踏み入れた先にある映画館の静寂は、感性を刺激し、映画という芸術の魅力を再認識させてくれる場所だ。暑さを忘れ、心動かされる体験を求めて、ぜひ映画館へ足を運んでほしい。