※本作は、AIによる文章生成の実験として制作された短編連作です。
現代の東京に生きる人々の呼吸を、AIとともに描き出します。
午後8時。
社内チャットに「お先に失礼します」と打って、ノートPCを閉じた。
誰も返事をしない。
それが、この会社の「定時退社」だ。
オフィスの照明は自動で落ちる。
残っていれば注意されるし、勤怠システムにも記録が残る。
だから、みんな早く帰る。
ただ、仕事が終わっているわけじゃない。
電車の中で、Slackの通知が鳴る。
プロジェクトのスレッドがまだ動いている。
「この部分、明日までに更新お願いします」
「AI要約で方向性作ってみました」
スマホを閉じても、脳の中で思考が止まらない。
「更新」「修正」「要約」
単語がこだまする。
自宅の最寄駅に着くと、改札を抜けた風が冷たい。
駅前のスーパーの照明が眩しく、そこだけ時間が昼みたいだ。
惣菜コーナーのサラダを一つ買って、部屋に戻る。
ドアを閉めると、街の音が一気に消える。
静かすぎて、少し怖い。
シャツを脱いで、パソコンを開く。
再びSlackを確認すると、
「まだ起きてますか?」というメッセージが届いていた。
チームの若いメンバーだ。
「大丈夫、確認します」と返してしまう。
本当は大丈夫じゃないのに。
AIツールに入力すると、資料のドラフトが数秒で生成される。
言葉は完璧で、グラフも美しい。
でも、どのチームの資料も同じような言葉で埋まっていく。
“成長”“信頼”“変革”
まるでAIが、会社の言葉の辞書を作っているみたいだ。
そして自分たちは、その辞書をコピーして並べ替えているだけ。
気づくと、サラダを半分も食べていない。
箸を置いて、窓の外を見る。
マンションの向かいの部屋に、まだ灯りがついている。
誰かが机に向かっている影が見えた。
あの人も、まだ仕事をしているのだろうか。
見知らぬ誰かの疲れた背中に、少しだけ親近感を覚える。
かつては“成果を出すこと”が誇りだった。
入社した頃、先輩に言われた。
「コンサルは思考体力だ。考え続けた奴が勝つ」
それを信じてきた。
でも、今は「考えないためのツール」ばかりが増えている。
AIが提案を作り、プレゼンの構成まで整えてくれる。
効率は上がったけれど、
考える喜びが、どこかに置き去りになった気がする。
時計を見ると、もう0時を過ぎていた。
会社を出てから四時間。
今日もまた、終わっていない。
PCの光が青白く、顔を照らす。
目の奥が少し痛い。
ふと、机の隅に置いたマグカップが目に入る。
元恋人にもらったものだ。
「あなたは説明が多すぎる」と言われた。
そのときは笑い飛ばしたけれど、
今でも時々、その言葉を思い出す。
人を説得する力ばかり鍛えて、
誰かを理解する力を失ったのかもしれない。
Slackが再び鳴る。
「明日の朝、レビューお願いできますか?」
画面を見つめたまま、指が動かない。
“了解です”と打とうとして、やめる。
マウスを動かし、電源を落とす。
画面が暗くなり、部屋が静まり返る。
窓を開けると、遠くで電車の音がした。
終電ではなく、始発の準備の音だ。
夜が終わる。
でも、心の中ではまだ何も終わっていない。
机の上の書類を片づけながら、深呼吸をする。
働くことも、生きることも、もう少しだけうまくやりたい。
明日の朝になれば、またSlackが鳴るだろう。
それでも――
今はただ、青い光の消えた部屋で、
自分の呼吸の音だけを確かめていた。
次回第3話は、46歳のグラフィックデザイナー。(近日公開予定)
かつては誰もが憧れた仕事だったのに、
今は「AIでも作れる」と言われる日々。
それでもなお、自分の手で「整える」ことに意味を見いだそうとする。
静かな反抗と、小さな誇りを描きます。