BIRTHDAY STORIES

2015.08.20

BIRTHDAY STORIES
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Birthday Stories Vol.05
『待ち合わせは、スターバックスで』

田丸 雅智



 メッセージと一緒に彼女から送られてきたのは、Starbucks eGiftだった。コーヒー好きなおれのことを思ってくれてのサプライズに、思わずひとりでニヤニヤしてしまった。
そして約束の日。おれを待ち受けていたのは、もうひとつのプレゼントだった。

「手作りのものなんて、ちょっと重たいかもだけど……」

 おそるおそる彼女が差しだしたのは、布でできた小袋。おれは自然と笑みがこぼれた。

「ぜんぜん。めちゃくちゃうれしいよ」

 ぎこちないその縫い目からは、彼女の苦労が見てとれた。もうそれだけで、おれの心は満たされた。

「なに入れよーかな。鍵入れにでもしよっか」

 すると彼女が、はっとしたように口を開いた。

「あ、ごめん! なにも説明せずに渡しちゃって。それ、ただの袋じゃないの」

「どういうこと?」

「それ、堪忍袋っていうものなのよ」

「……う、ん?」

 唐突な言葉に、何と返事をすればいいのか分からなかった。彼女は、こういうときに冗談を言うような性格じゃない。でも、本気にしてはあまりに突拍子がなかった。

「えっとね、なにから言えばいいのかな……ちょっと待って、頭の中を整理するね」

 しばらく口をつぐんでから、彼女は言った。

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「その袋はね、私の生まれ育った町で昔から作られてる伝統工芸品なのよ。私のお母さんも、その職人のひとりで。まあ、私はその血を受け継がなかったみたいで、小さいころから不器用だったんだけどね。だから、これがほとんど人生初めての堪忍袋」

「うんと、その、堪忍袋っていうのは……?」

「よく言うでしょ? 堪忍袋の緒が切れた、とか。あの袋のこと」

「本当に……?」

「もちろん。堪忍袋は実在するの、こうしてね」

 おれは、手の中のものをまじまじと見つめた。

「使い方は、とっても簡単。いやなことがあったときに、袋に向かって思いの丈を吐けばいいの。するといやな気分がすぅっと身体の中から消えていって、すごく清々しい気持ちになる。袋はだんだん大きく膨らんでいくから、ぱんぱんになったところで新しい袋にかえればいいだけ」

「そんなものがあったなんて……」

 おれは自分の無知を恥じ入る思いだった。

「ううん、知らないのも無理ないよ。だって、この袋の生産が持ち直したのも、最近のことなんだもん。一時期は、いくら作っても売れなかったり、後継者が不足したりで、もうダメだって言われたときもあったのよ。時代が変わって、わざわざ堪忍袋に頼らなくたってストレスのはけ口は他にもたくさんできたしね。でも、若い人のあいだで何とかこれを復興しようって動きがではじめて、ポップなデザインをとりいれてみたり、ちがう分野とコラボしてみたりして、いろんな新しい風を入れるようになってから大きく流れも変わったみたい。おかげさまで今じゃ人手が足りなくて、お母さんもひーひー言ってるわ。
 私も小さいころから、堪忍袋にはずいぶん助けられたなぁ。男の子にいじめられたときでしょ、友達とケンカしたときも、そう。あと、お母さんに叱られたときなんかも」

 彼女は楽しげに笑った。

「だから、私はぱんぱんに膨らんだ堪忍袋をたくさん持ってるの」

「たくさんって……それこそ、その膨らんだ袋の緒が切れたりしたらヤバいんじゃないの……? たまった怒りが全部まき散らされそうだけど……」

「それが、そうじゃないのよ。うちの町で作られる堪忍袋には、特別な力があって」

「特別な……?」

「そう、袋はね、閉じこめたいやなものを幸せなものへと変える力を持ってるの。感情を袋の中で熟成させる、みたいなイメージかな。熟成させた袋を開けて中身を吸うと、とっても幸せな気分になれるのよ。時間をおけばおくほど、幸せの濃度は高くなる。ちなみに最初に私が気持ちを袋に閉じこめたのは、幼稚園のとき。その袋だけはずっと取ってあって、いつか一番幸せなときに開けて、輪をかけて幸せな気持ちになりたいなぁって思ってるんだ」

 彼女の無邪気な笑顔に、おれは心底、この人が好きだなぁと思った。

「それから、いい機会だし、私、お母さんから堪忍袋の作り方をもう一回ちゃんと習って、腕をあげていきたいなって思ってる。だから、それ、不格好だけど、初めてのってことで大事に使ってくれたらうれしいな」

おれは、深くうなずいた。

「あとね、これは私の夢なんだけど」

彼女は、はにかみながら言った。

「私もいつか、堪忍袋みたいな人になりたいなぁって思ってるの。いやなことを吸いとって、その分だけの幸せを返してあげられるような存在に。もちろん、誰かひとり専用の。うん、これ以上は言わないから」

(Text: 田丸 雅智)
(Illustration: TPDL)

presented by STARBUCKS eGift
https://gift.starbucks.co.jp/


田丸 雅智
1987年愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年12月『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載されデビュー。12年3月には、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。著書に『夢巻』『海色の壜』(ともに出版芸術社)、『家族スクランブル』(小学館)、『ショートショート・マルシェ』(光文社文庫)がある。最新刊『日替わりオフィス』(幻冬舎)は、9月17日発売予定。

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